自己紹介 /About

3.国際支援と看護師への道

▲学生ボランティアとして訪れたカンボジア。

将来のことを真剣に考えた時、国際支援に参加したいと思い、看護師になることを決めました。

子どもたちが、親やお金、政治に支配されず、自分の夢を実現できる社会を作りたいと思ったからです。

大それたことを夢に持つ、不思議な子供ですよね笑

これは、父親との関係性からです。

今では父と普通に話しますけど、前はあまり仲良くなかったです。

私の父はすごく厳しくて、自分の意見を言ったり、甘えたりできませんでした。

また、裕福な方ではなかったので、本当は「医師になりたい」と思っていましたが、浪人する余裕はなく諦めました。

そんな経験から、子どもたちや弱い立場の人も、一人ひとり権利を持ち、自己実現できる社会を作りたいと思うようになりました。

学生の頃は、学生ボランティアとしてカンボジアやタイに行き、NGO団体の元で活動しました。

大学卒業後は、紛争地域の支援も視野に入れるため、集中治療室も一体になった3次救命救急センターで働きました。

職場は認定の看護師さんも多く、勉強をしっかり続けてらっしゃる方が多くとても勉強になりました。

病態の関連図の添削をしてもらったり、ケーススタディを書かせてもらったり、勉強会にでたり、、

運ばれてくる症状に対して、必要な検査、治療考えられる疾患を考えながら、緊急な状況にある患者さん、ご家族を支援していくことはとてもやりがいのある仕事でした。

もちろん今もなお、勉強の身ではありますが、、!

4.たくさんの「生」と「死」との出会い

 

▲病気と共に生きる私のおじいちゃん

働いている中で、障害を持ちながらも再び自分の生活を見つめ直していく患者様の姿に、勇気をもらうことも多かったです。

「生きる」ことの力強さを拝見させていただきました。

しかし、同時に沢山の「死」にも出会いました。
術後を急変し亡くなってしまう方や、
交通事故で若くして亡くなってしまう方、
精神的に追い詰められ自殺してしまう方、、

とてもありふれた表現ですが
「いつ死んでもおかしくない。私も明日死ぬかもしれないんだ。」
と強く実感しました。

そうした環境の中で、次第に自分の人生で、本当にしたいことはなにか深く考えるようになりました。

色々なしがらみ、建前を捨てて考えたことは、

「旅をしながら、音楽を学んだり、写真を撮りたい」でした。

旅をしながら様々な文化に触れ、その過程で音楽を習ったり、感動した瞬間を写真に撮ったりして、それをシェアし、色んな人に違う文化に触れるきっかけを作りたいと思ったからです。
これは「文化の違いを理解し争いを防ぐ」ための、私なりの小さな抵抗でもありました。

また「本当に自分がしたいことができる社会にしたい」と思ったからです。
他人にそうなってほしいなら、まずは自分でリスクをとって挑もう!と思いました!

そんな一大決心をして退職。

その後、日本で、音楽と写真の2つの学校へ通いました!

5.夢だった海外へ!

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